3つの経路は「何を運ぶか」が違う

iPhoneの買い替えでデータを移す方法は大きく3つある。旧端末から新端末へ直接送るクイックスタート、iCloudに預けたバックアップから復元する方法、MacやWindows PCに有線でバックアップを取って戻す方法だ。どれを選んでも最終的な画面はほぼ同じになるが、データが通る経路が違うため、所要時間と、失敗したときの取り返しやすさが変わる。

3つに共通する原理が一つある。アプリ本体は、どの方法でもコピーされない。バックアップや転送データに入っているのはアプリの設定と保存データだけで、プログラム本体は新端末がApp Storeから改めてダウンロードする。移行直後にホーム画面のアイコンが薄く表示され、進捗の円が回っているのはこのためだ。ここを理解しておくと、後述する失敗の多くを避けられる。なお本記事の設定項目名は執筆時点のiOS(iOS 15以降の名称)にもとづく。表示はバージョンによって変わる。

クイックスタート — 旧端末が手元で動くときの最短経路

新端末の電源を入れて旧端末を近づけると、旧端末側に引き継ぎの案内が出る。ここでデータ本体まで直接送るのがクイックスタートの「デバイスから転送」だ。iCloudの空き容量を消費せず、バックアップを取り直す手間もない。旧端末が正常に動いていて、2台をまとめて数十分から数時間手放せるなら、これが最も素直な選択になる。

弱点は、転送中ずっと2台を並べて置いておく必要がある点と、旧端末が壊れていると使えない点だ。転送は無線で行われるほか、対応するケーブルで2台をつなげば有線でも行える。データ量が多いときは有線のほうが速度が安定する。

iCloudバックアップからの復元 — 旧端末が手元になくても戻せる

iCloudに保存されたバックアップから新端末を組み立てる方法。旧端末を先に下取りに出した場合や、故障・紛失のときでも使える。反面、復元にかかる時間は回線速度に左右され、iCloudの空き容量が足りなければバックアップ自体が作れない。

ここで誤解が起きやすいのは、iCloudバックアップには「すでにiCloudで同期しているデータ」が入っていないことだ。連絡先、カレンダー、メモ、iCloud写真、iCloud Drive、そして「メッセージをiCloudに保管」を有効にしている場合のメッセージは、バックアップの外側にある。これらはバックアップからではなく、新端末で同じApple Account(旧Apple ID)にサインインした時点で降りてくる。復元直後に写真が数枚しか見えなくても、多くの場合は異常ではなく同期が進行中というだけだ。逆に言えば、Apple Accountにサインインできなければ、バックアップを復元してもこれらは戻らない。

パソコンへの有線バックアップ — 手元に丸ごと控えを残す

macOSではFinder、Windowsでは専用アプリでiPhoneを接続し、パソコンの中にバックアップを作る。回線速度に左右されず、容量もディスクが許す限り使える。移行前の状態を手元に残せるので、うまくいかなかったときに元に戻せる点が最大の利点になる。

ただし条件が一つある。バックアップを暗号化しないと、パスワード類が引き継がれない。「ローカルのバックアップを暗号化」にチェックを入れて初めて、保存済みパスワード、Wi-Fi設定、Webサイトの閲覧履歴、ヘルスケアデータ、通話履歴がバックアップに含まれる。暗号化なしのバックアップから復元すると、この部分だけが空のまま新端末に移る。設定したパスワードはApple側に控えがなく、忘れるとそのバックアップは二度と開けないため、パスワード管理アプリなどに必ず記録しておく。

経路によらず手作業が必要になるもの

次の3種類は仕組み上、自動では引き継がれないか、別の操作を求められる。移行トラブルの相談が集中するのもこの領域だ。

ウォレットのカードと交通系IC。Apple Payのカード情報は端末内の専用領域に、外へ持ち出せない形で保存される。そのためバックアップに実データが入らず、新端末では再登録や再有効化の操作が必要になる。SuicaやPASMOなどは、残高をいったんサーバー側へ預けてから新端末で受け取る形になり、具体的な手順はカードの発行元によって違う。移行当日ではなく事前に、使っているカードの公式案内を確認しておく。

Apple Watch。Watchのデータは、ペアリングしていたiPhoneのバックアップの中に含まれる。新iPhoneへデータを移した後、Watchをペアリングし直せばバックアップから復元できる。旧iPhoneでペアリングを解除する操作は、その時点でWatchのバックアップを自動的に作る。したがって、Watchのペアリングを解除してから旧iPhoneのバックアップを取る、という順序が安全だ。

認証アプリと一部のアプリ内データ。認証コードを生成するアプリ、一部のメッセージアプリ、ゲームの進行データなどは、提供元が独自の引き継ぎ手続きを用意していることがある。特に認証アプリは、旧端末を初期化した後で気づくと復旧手段がなく、他のサービスにログインできなくなる。移行前にアプリ側の移行手順を済ませておく。

前日までに終える確認

最初に容量を比べる。旧端末の使用量が新端末の総容量を超えていれば、そのままでは移行できない。設定アプリの一般からiPhoneストレージを開き、使用量の内訳を確認する。動画や不要なアプリを減らすか、新端末の容量に余裕を持たせるかの判断はここで下す。

次に、Apple Accountのパスワードと端末のパスコードを確実に思い出せる状態にする。移行の途中で旧端末のパスコード入力を求められる場面があり、ここで止まると先に進めない。二要素認証の確認コードを受け取る電話番号が現在も使えるかも合わせて見ておく。

iCloudを使う場合は空き容量を確認する。無料枠は5GBで、写真が多い端末では足りないことが多い。iOSには買い替え時に一時的な保存領域を使える仕組みがあり、設定の一般から「転送またはiPhoneをリセット」を開き、新しいiPhoneの準備を始めると、期間限定で容量を気にせずバックアップを作れる。有料プランに切り替えるかどうかも含め、料金と提供条件はAppleの公式サポートページで確認してほしい。

回線については、eSIMの移行手順が通信会社ごとに異なる点に注意する。移行操作の中で新端末へ転送できる場合もあれば、契約先の手続きが別途必要な場合もある。事前に契約先の案内を読んでおくと、移行後に電話が使えないという状態を避けられる。

つまずきやすい三つの場面

一つ目は容量不足。新端末側の空きだけでなく、iCloudを使うならクラウド側の空きも必要になる。バックアップが途中で止まる原因の大半はこれで、しかもエラーが出るのは処理をだいぶ進めた後になりやすい。

二つ目はWi-Fiと電源。転送も復元も、数十GBのデータを扱う長時間の処理になる。2台とも電源につなぎ、同じWi-Fiに接続したまま放置するのが前提だ。モバイル回線で始めると通信量が跳ね上がり、途中で切れれば最初からやり直しになることもある。

三つ目は旧端末を初期化するタイミング。新端末で全部そろったように見えても、アプリの再ダウンロードや写真の同期はしばらく裏で続いている。この段階で旧端末を消してしまうと、引き継ぎ漏れに気づいたときの戻り先が消える。

旧端末を消してよいと判断する基準

新端末を数日そのまま使い、次の4点を実際に確認してから初期化する。写真とメッセージが過去までさかのぼれること、よく使うアプリにログインできて中身が入っていること、ウォレットのカードと交通系ICが使えること、Apple Watchが動いていること。認証アプリの移行が済んでいるかも、この段階で必ず見ておく。

確認できたら、旧端末で設定アプリの一般を開き、「転送またはiPhoneをリセット」から「すべてのコンテンツと設定を消去」を選ぶ。この操作でApple Accountからのサインアウトとアクティベーションロックの解除まで行われるため、事前に「探す」を手動で切る必要はない。下取りや譲渡に出すのは、この画面が完了してからにする。